キンプリ妄想歌詞小説「Doll」3話~知らない誰かと~

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久しぶりに再会して、全然変わってないって一人浮かれてた。
でも、8年も経ってるんだもん。何も変わらないなんてことあるはずなかったんだよね。
私の知らない誰かを大切に思って、一緒に過ごしてきた、そんな日々があなたにもあったんだね…。

こちらはキンプリの曲「Doll」の歌詞からインスパイアされた小説です。

前のお話はこちら↓

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指輪

その夜、湯船に1人で浸かりながら、昼間のことを思い出していた。
咲人はさっきじーじがお風呂に入れてくれたので、1人でゆっくり物思いにふけることができる。そのせいで余計に色々考えてしまう。

夢じゃないよね?
紫耀くんに会えた。もう二度と会えないのかなと思っていた。

紫耀くん、変わってなかったな。芸能人じゃなくなったのに、バリバリオーラありまくりの爆イケメン健在だったな。
車の中でのなんとも言えない緊張感を思い出して、またドキドキしてくる。

昔と変わらない優しい喋り方、ハスキーな声。あの声が本当に好きだったなぁ。

お風呂にブクブクと顔を半分沈めながら、また記憶の中で噛みしめる。

でも、懐かしくて、再会できたのすごく嬉しくて、もっと話したくて…、でも舞い上がってたのは私だけ?
車から降りた時、なんだか突然冷たくなった気がした…。

もしかして…

湯舟の中で膝を抱えて組んでいた手の、左手薬指を確かめる。

私が運転にあたふたして、紫耀くんがハンドルを直そうと咄嗟に手を出した時、手を握られるような形になった。あの時、紫耀くん、この指輪を触って、少し動きが止まった気がする。

付き合っていた頃、紫耀くんに誕生日プレゼントで指輪をもらった。私が好きなブランドの。

それを知らなかったら廉が、(でも私が好きなブランドだと言うことを知っていて)同じブランドの指輪をくれた。

紫耀くんからの誕生日プレゼントのことですったもんだあって1度は廉と別れたりもしたけど、結局、咲人を妊娠していることが発覚したこともあって、復縁。

それでもずっと紫耀くんのことを気にしていた廉は、結婚指輪を買う時に、紫耀くんに対抗するように、また同じブランドの指輪を買ってくれた。紫耀くんがくれたものよりもずっと格上の。

紫耀くんは、この指輪に気づいたかな。
もしそうならちょっと嫌な気がしたんじゃないかな。
自分があげたプレゼントと同じものを、次の男にもプレゼントしてもらうとか。
なんか思い出を使い回しされたような。
しかもちょっとグレードアップして。

そんなことを考えながら指輪に手をかける。
指輪がちょっとズレて、指にくっきりと跡が残っていることに気づく。
あれ、こんなに食い込んでた?太ったかな?
指輪を動かそうとするけど、全然関節を通らない。
え、嘘でしょ、めっちゃ太ったじゃん…!

そーだ、確か指輪が取れない時は、石鹸を付けると取れやすくなるんだよね。
石鹸でヌルヌルにしてグリグリ回して、苦戦しながらもなんとか取ることができた。

はぁ、よかった…。
指が太るってことは、他のところも知らないうちに太ってるんだろうな。
鏡で自分の裸を映しながら二の腕をつまんでみる。

鏡に顔を近づけてよくよく観察してみると、気づかないうちに目尻に小さなシワができかかっている。
嘘でしょ~っ!?やばい!最近まじまじ鏡を見ることなんてなかったから、油断してた…!

よし!今日はパックして寝よ!
シャンプーの横にポンと置いた指輪のことはすっかり忘れて、急いでお風呂場から出て、念入りに保湿クリームを塗って、パックを広げた。

お局

昨日パックをしたから、今日はなんだか肌の調子がいい。

巻き髪もいつもより上手にできた。

別に気合い入れてるとかそういうんじゃないからね、と誰に言い訳をするでもないけど、心の中で呟く。

まだ新しい学校に慣れない咲人は1人で学校まで歩いて行くのを嫌がって、孫と一緒に住むことになったのが嬉しくてしょうがないお母さんが、ルンルンしながら学校まで歩いて送っていった。

それでポツンと家に1人きりになってしまって、なんだか時間ができてしまって、それで念入りにコテで髪を巻いてみた。それだけ。

教習所に入ると最初に受付に行って、空いている時間を探して予約を取る。

予約を取って顔を上げると、後ろの事務所に紫耀くんが見えたけど、ちょうど背中を向けてしまったところだった。

こっち向かないかな。気づけ気づけ、と念力を送るけど、結局紫耀くんはそのままこちらを振り向かなかった。

予約の時間まではまだ少し時間がある。

二階の休憩室は窓が大きなガラス張りになっていて、教習コースを見下ろすことができる。

暇だから、こっから紫耀くんの運転する姿でも眺めてよっと。

窓側にくっついているカウンター席に座る。

一つ席を空けて、隣に若い女の子が2人座っていた。

「あっ、ここからちょうど見える見える!今日もかっこいいー!平野先生!」

ピクッと耳がダンボになる。

この子達、紫耀くんのファンだ。

アイドルだった平野紫耀を知らなくても、やっぱり女の子に大人気じゃん。しかもこんな若い子に。十代だよね?

真横にいるので、あんまりジロジロ見れないけど、ちらっと見ただけでも若さが炸裂してる。

「あっ、あの子、スカート履いてない!?スカート禁止だぞ!」

「絶対平野先生にアピってんだよ」

確かに紫耀くんと一緒に車に乗り込もうとしている若い女の子は、ミニスカートにスパッツみたいなのを合わせていた。スキニーパンツですと言えば、パンツスタイルとも言い張れそうだけど、ミニスカにタイツだったら、スカートということになる。

教習所ではスカートは禁止されている。

私もいつもはスカート派なのだけれど、普段は履かないジーンズを引っ張り出して、ロールアップして、ノースリーブのブラウスに合わせている。

あの子、スカート履いて紫耀くんにアピッてるのか。

若いからって、あんなミニ履いちゃって。

なんだかお局のような気持ちになる。

「あ、お局だ!」

えっ!?私のことを言われたかと思って思わずビクッとなる。

しかし、彼女たちの視線は、また別の教習車に乗り込もうとしている教官に注がれていた。

「私、この前お局に当たっちゃってハンコ貰えなかったから」

「めっちゃ厳しいよね、ほんとやだ。絶対平野先生に当たりたい」

「優しいし、かっこいいし、教え方うまいし、最高だよね」

「ほんとほんと、お局とは大違い」

「けどさー、お局で大坪って苗字、やばくね?(笑)お局になるために生まれてきたような名前じゃん」

「お局にだって、若かりし頃はあったんだぞ」

彼女たちがキャッキャと笑う。

どうやらお局と呼ばれている教官は、大坪先生というらしい。


げっ…噂のお局先生じゃん…。

結局予約の時間になって担当の教官が紫耀くんじゃないことを知り、落胆している暇もなく、さっき怖いと噂だった大坪教官に当たってしまったことを知る。

「よろしくお願いします」

礼儀正しく頭を下げると、大坪先生は「はい」と短く言って眼鏡の奥から凄まじく冷たい視線を流し込み、「どうぞ」と私を促して車に乗り込んだ。

緊張しながら教習は進んでいく。

紫耀くんの時とはまた別の緊張で、ブルブル震えてくる。

…と気付いたら、震えているのは緊張のせいだけじゃなく、普通にエアコンが効きすぎて寒いからだと気づいた。

「あのー、すいません、ちょっと、エアコン寒いんですけど、温度上げてもいいですか?」

「ごめんね、私暑がりなのよ」

当然、少し温度を上げてもらえると思って頼んだので、ピシャリと拒絶されて面食らった。

「そんな肩出した格好してるから寒いんじゃない?いいねー、細いから、腕出せて」

え…、なんか、すっごくトゲのある言い方…?

別に細いから腕を出しているわけではない。昔に比べて太ったなって、昨日お風呂で改めて認識したばかりだし。

でも、自分より太っている人の前で、「全然細くないですよー」とか「これでも昔より太ったんですよー」とか言ったら逆効果なことはさすがに知っている。

というか、私がさっき、10代の女の子に対して「ミニスカなんて履いちゃってさ」とお局根性出てしまったのと同じように、この人からしたら私は「自分より若い女」であり、もうそういう対象として見られてしまった以上、何を言っても彼女の感情を逆撫でするだけだ。

あー、なんかエアコンの風、直撃しすぎて頭痛くなってきた…。

見知らぬ誰かと

結局、お局によるプレッシャーで極度に緊張したことと、エアコンにより体調が悪くなったことが重なり、教習の成績は散々で、ハンコをもらえなかった。

あ~頭痛い…。

げっそりしながら廊下のベンチに座る。

本当はもう一クラスくらい取りたかったけど、今日はもう帰ろうかな…。

なんか体調も悪いし、メンタル的にもしょんぼりだよ…。

朝はワクワク髪の毛巻いてたのに、この落差…。

昨日は紫耀くんに再会できて浮かれて、これから毎日ここに来れば紫耀くんに会えるんだって思ったけど、そうだよね、必ず紫耀くんが担当教官になるわけじゃないし、担当にならなきゃ喋ることもできないじゃん…。

「花凛どうした?具合悪い?」

顔を上げると、紫耀くんが心配そうに見下ろしていた。

花凛「あ、紫耀くん!全然!なんでもないよ!」

ちょっぴり怪訝そうな表情を浮かべた紫耀くんが隣に腰を下ろす。

紫耀「なんか元気ない?」

花凛「え?あ、うん、大丈夫だよ。ちょっと、エアコンで頭痛くなっちゃって」

紫耀「え、大丈夫!?」

紫耀くんは、またまた心配そうに覗き込んでくる。

あぁ、なんか紫耀くんに色々話したいなぁ。

教習うまくいかなくてハンコもらえなかったんだよーとか、たわいもない愚痴聞いてもらいたい。

花凛「紫耀くんってさ、いつも仕事何時まで?」

紫耀「え?早番と遅番あるけど、今日は早番で6時まで」

花凛「ふーん…」

ふーんってなんだ!?

話をどうまとめるかを考えもせず、見切り発車で何、聞いてんだ、私!?

案の定、変な間が流れる。

あー、紫耀くん、ご飯に誘いたい…。

ゆっくり話がしたい。

でも…

そんなの無理だよね…。

隣に座っている紫耀くんの手はすぐ近くにあって、ちょっと手を伸ばせば触れられるけど、だけどそれは絶対に触れられない距離。

「花凛…ほんとに大丈夫か?」

紫耀くんがあまりに心配そうに顔をのぞき込んできてくれるので、思わず甘えてしまいたくなる。

「紫耀くん…」

「平野先生!ちょっといいですか!」

突然、事務所の方から顔を出した大坪先生に呼ばれた。

「あ、ごめん、ちょっと行かなきゃ」

そう言って、紫耀くんは行ってしまった。


結局あの後もう一つ講習をとって、あとは自習室で勉強していて、結局夕方になってしまった。

何入り浸ってんだろう、私…。

期待が大きかっただけに、今日は紫耀くん不足で、なんとなく消化不良で帰れなかったのだ。

お母さんに帰りにちょっと買い物を頼まれてスーパーに寄る。

ため息をつきながらぼーっとカートを押していると、向こうにチラリと見覚えのあるシルエットが見えた。

あのがっしりとした背中、もしかして…

やっぱり…、紫耀くん!

そっか、もう仕事終わったんだ!

すごい!また偶然こんなところで会えるなんて!

駆け寄ろうとしたその瞬間…

「紫耀くん、ネギあったよ」

「おぉ」

え…?

女の人の声。棚の向こう側に頭だけが見える。

2人は並んで歩き出す。

彼女…?

そっか、そうだよね。

紫耀くん彼女いたんだ…、いないわけないじゃんね。

紫耀くんには私の知らない8年があって、私の知らない誰かと過ごした時間があって、その私の知らない誰かを愛していたんだ。

もう私たちは、8年前のあの日、別々の道を歩き始めたのだから。

当たり前のことなのに何でこんなに胸にグサリと痛みを感じるの?

見たくない、見たくないのに、見ずにはいられない。

紫耀くんと並んで歩くその知らない誰かの背中を追いかける。

レジに並んだ2人が向かい合って会話をする。

その横顔を見てはっとした。

お局先生…!?


4話に続く

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