やっぱり一目惚れなんてあり得ない。
あるとしたら、その人を「もっと知りたい」って思うきっかけになるくらい。
だけど、私の心を射抜いたこの可愛すぎるお顔の持ち主は、中身はとんだクズ男だった。
これの前のお話はこちら↓
独特な恋愛観
「お疲れ様でした~」
閉店になって、片付けして、みんなでまかないを食べて、終了となる。
それぞれ上着を着て店を出ていく。
「ちょっと待ったぁーー!!」
海ちゃんが出ていったのを足早に追いかけ、駐輪場で2人きりになったタイミングを見計らって、とっ捕まえた。
海人「ん?あ、舞ちゃん!お疲れ様~」
ふにゃりとした笑顔が振りむく。
なんなんだ、その何事もなかったような笑顔は!?
舞「あ、あのあの…っ、さ、さっきの…ど、どういうつもりで…っ」
海人「あぁ~あれね…うん!全然気にしないで!」
は?「気にしないで」って私が言うセリフじゃん!?
ってか、こっちはめちゃくちゃ気にしてるんですけど!
海人「うん、全然気にしないで!俺に出来ることなんて、あれくらいだからさ~」
舞「ちょ、ちょっと待って…!?なんかさ、さっきからなんでリアクションが”お礼言われてる”テンションなわけ!?私、怒ってるんですけど!」
海人「え?なんで?」
は、はぁ~~?なんでってなんで!?今日、初めて知り合った人に一方的にキスしといて、怒られないわけないじゃんっ!
てか、なんでそれでお礼を言われると思っているんだ、コイツは…!?
海人「俺ぇ~、俺なんかのこと好きって言ってくれる子には、その気持ちにちゃんっと答えてあげたいんだよねっ!
でも、今日でちょうど、1週間の予定がいっぱいになっちゃってさ。舞ちゃんが俺のこと好きって言ってくれて、ちゃんと気持ちに応えたいなって思ったんだけど、体は一つしかないから限界あるよね!
だから、あんなことくらいしかできないけど、全然気にしなくていいからね☆」
は、はぁ~~~~???なんなんすか?その独特な恋愛観は…??( ゚д゚)
舞「あのさ、それ、全然”ちゃんと気持ちに応えてる”って言わないんだよ!?」
海人「…へ?」
海ちゃんが、「寝耳に水です」といった表情でポカンとする。
いやいや、ポカンはこっちだから!!
舞「ねぇ!今まで、”それ間違ってるよ”って教えてくれた人、いなかったの!?だったら私が教えてあげる!!君、絶対間違ってるよ!!それ、逆に傷つけてるから!」
海人「…………」
どう反論する?
どうせ、遊び人が自分を正当化してるだけでしょう?なんて言い返してくるかな?
海人「う、うそぉーーーっ!?俺、間違ってるのぉ~!?」
す、素直かー…っ!!ズコー!
海人「え?え?どうしよぉ~!だってだって、俺のこと好きになってくれるなんてさ、本当にありがたいなって。だから、好きって言ってくれる子には絶対に悲しい思いさせたくないなって…俺、じゃあこれからどうすればいいのぉ~?」
舞「知らないよ!自分で何とかしなさいよ!でも、好きでもない子と付き合ったり思わせぶりな態度取るのは、絶対に間違ってるから!じゃ!」
最低な遊び人とはちょっと違ったみたいだけど、超独特な恋愛観を持ったこの男は、もはや恋愛対象にはなりえない。
なんの未練もない。オロオロしている海ちゃんを置いて、スタスタと歩き出す。
あ、念のため、ちゃんと言っとかなきゃ。立ち止まって振り返る。
舞「あのさ、勘違いされたままとか嫌だから言っとくけど、私が海ちゃんのこと好きって言ったのは、”顔だけ”だから!中身知ったら全然好きじゃなくなった!だから、もうあ…あ、ああいうことは…けっこうですから!!」
海「ああいうこと?」
舞「だ、だからぁ…!”施しのキス”なんてまっぴらごめんってこと!バカにすんな!」
なんでなつかれた?
この前は、けっこうキツイ言い方をしてしまったかなと、ちょっとだけ後悔した。
だけどなぜか、それから私は海ちゃんにいやになつかれた。
「舞ちゃん!ちょっと今度の土日、シフトどっちに入れるかみんなに聞いてきて!」
店長に頼まれてみんなにシフト状況を聞いて回る。
舞「海ちゃん海ちゃん!今度の土日のシフトどっち入れる?」
海人「舞ちゃんは?」
舞「私は土曜日」
海人「じゃあ土曜日!」
ついつい、メモを取る手が止まり、「え?」と海ちゃんを顔を見上げると、またまたふにゃんとした笑顔がこちらを向いていた。
やばいやばい、うっかりときめいてしまった…。
「じゃぁ」って何よ、「じゃぁ」って…!それじゃまるで私と同じ日にバイトに入りたいみたいじゃん!
これがチャラ男の“モテテク“と言う奴なのか?思わせぶりな奴め~!昨日あんだけ言ったのに、全く響いてないじゃん!
そんな可愛い顔して見たって、絶対騙されないんだから!
と、まぁ、こんな感じで、ちょいちょいバイト中に絡んでくるのだ。
店長「ちょっとドリンク忙しくなってきたな。舞ちゃんだけだと回らないから、ホールから一人ドリンク入って」
店長が誰に頼もうかきょろきょろしていると、「俺が!」と即座に海ちゃんが立候補した。
一度厨房に消えて戻ってきてカウンターに入ってきた海ちゃんが「はい!これプレゼント!」とまた形の崩れたデザートを差し出す。
海人「さっきゲットして、後で舞ちゃんと食べようと思って、冷蔵庫に隠しといたんだ!今、チャーンス!しゃがんで一緒に食べよっ☆」
舞「いい、いい、いい!」
海人「あれ~?もしかしてまたキスされるって警戒してる?やだなあ!もうしないよー!だって、俺のこと好きじゃないんでしょー?」
舞「キスとかでかい声で言うな!キー!」
へにゃへにゃと笑いながらからかってくる海ちゃんに、真っ赤になって抵抗していたら、板場から鋭い声が飛んできた。
「おいうるせーぞ!仕事中にふざけてんな!」
「はい…!すみません…!」
「怒られちゃったね」
海ちゃんが小声で言って、ペロリと舌を出した。
くっそ~、そんな顔もかわいいぜ…。
それにしても、なんで昨日の今日で、こんなになつかれたんだろう?
ほんっと、この子、世界観独特すぎて、何考えてるのかわけわからん。
大人な対応
仕事が終わり、まかないを食べていると、さっき仕事中に怒鳴った板さんが、すっと横に座ってきた。
いつもはバイトはバイトで、板さんは板さんたちで並んで食べているので、「なんだろう…」と瞬時に嫌な予感がして背筋が凍る。
私の耳元で小さく表情のない言葉が発せられた。
「お前さぁ、仕事やる気ないならやめちまえよ」
他のみんなはワイワイ騒いでいるので、誰も気づいていない。
「すいません…でした…」
そう答えるのが精一杯だった。
新人のくせに、仕事もろくにできないくせに、へらへらとふざけておしゃべりしていた私が悪い。何も言い返せない。
耳まで真っ赤になっていくのを感じた。
やばい、このままだと涙が出そう。
残ったまかないをがーっとかき込み、そそくさと席を立ち自分の食器を洗い、「お疲れ様でしたー!」と明るく言って、顔上げるよりも先にみんなに背中を向けて足早に外に出た。
外に出たら、一気に涙が溢れてきた。
本当に当たり前のことを注意されただけなのに、そんな当たり前のことすらできていなかった自分が本当に悲しくて恥ずかしくて…。
とにかく一刻も早く家に帰りたくて、駐輪場まで走った。
「舞ちゃん…!?」
腕を掴まれ振り向くと、大きな瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
海人「どうした?もしかして、なんか言われた?」
すると、後ろから、あやちゃんや飛貴くんたちも追ってきた。
「舞!?どうした!?」
「舞さーん、どうしたんですか!?」
みんな私の出て行くときの様子がおかしかったのに、気づいたみたい。
舞「ちょっと、さっき仕事中に海ちゃんとしゃべってたの、怒られちゃってさ…。そのことでちょっと注意されただけ…」
あや「え、なんて言われた?」
舞「やる気ないならやめろって…」
あや「まじで!?ちょっと喋ってただけで、そこまで言うのひどくない!?あの人さぁ、自分が女の子と喋るの苦手だからって、海ちゃんと舞が仲良く喋ってたのが羨ましかっただけじゃないの!?
そんで、海ちゃんには言いづらいから、新人の舞に言ったんじゃない?弱い者いじめだよ!」
あやちゃんはかなりご立腹で、確かに言われてみれば、うちの店はみんなが仲良くて結構仕事中のおしゃべりはしちゃっている方だし、そもそも店長もおしゃべりが大好き。
なんで私だけ?って言う思いがないわけでもないし、あやちゃんが言うように、ちょっと八つ当たりされた感がしないでもないけど…。
舞「でも悪いのは私…」
海人「悪いのは俺なのに!あの時、ちょっかい出してたのは俺の方だったんだから!舞ちゃんだけが言われるのはおかしい!うんおかしい!俺、ちょっと言ってくる!」
そう言い放って、海ちゃんはダーっとまた店へと駆け戻っていってしまった。
言ってくるって何を!?
バイトが社員さんに物申すなんてだめだよ! (汗)
「悪いのは俺なのに、なに舞ちゃんいじめてるんスか!?」みたいなこと言いに行っちゃうの!?
海ちゃんてそんな喧嘩っぱやい感じの人だったのぉ~!?
「すいません!僕が悪かったんです!」
慌てて追いかけると、海ちゃんが90度よりもさらに深く頭を下げて、勢いよく謝っているところだった。
「僕が調子に乗って、ちょっかい出してたから!すいませんすいません!以後気をつけますんで、許してもらえませんか!?」
そう言い終わってから、チラリと上目遣いで板さんの様子を伺う。
「もし舞ちゃんが辞めなきゃいけないなら、僕も辞めなきゃいけなくなっちゃいます…。でも、この職場好きなんで辞めたくないんです…!」
今度は顔の前で両手を合わせて、“お願いポーズ“を作ったまま、前髪がかかったその大きな両目をパチパチさせる。
「お、おぅ…別に本気でやめろって言ったわけじゃ…。やる気があるなら、それでいいんだよ」
逆にさっき私が見た超怖い人はどこに行っちゃったの?と思うくらいに、板さんがタジタジになっている。
「ほんとですか!?ありがとうございます!ほんと優しいですね!感謝します!」
海ちゃんはキャバ嬢さながらのオーバーリアクションで、板さんの両手を握ってブンブン振っている。
「お、おぅ、今度から、気を付けろよ」
なんか…。
表面上だけ見れば、海ちゃんが得意のあざとかわいいテクニックを使って、許してもらったと言うふうに見えるだろうか?
でも私は、その海ちゃんの対応を見て、「なんて大人の対応なんだ…」と思ったのだ。
怒りに任せて乗り込んで、「弱い者いじめなんてしてないで、言いたいことがあったら俺に言えばいいだろう!?」なんて勢いでぶつかって行ったら、あの板さんはどんな態度をとっただろう?
あやちゃんが「海ちゃんには言えないんだよ」と言っていたように、社員とアルバイトで、年齢も海ちゃんの方が年下なのに、やっぱりそこにはヒエラルキーが存在するようで、あの板さんは自分は海ちゃんよりも“下“と捉えているようだった。
それはもちろん見た目もあるだろうし、トークのテクニックとか、みんなからの人気とか、とにかく“男として下“と言う劣等感があるように思えた。
海ちゃんに(というか、他の同僚にも?)話しかけられることも、稀なのだろう。
最初は「何を言われるんだ…?」とおどおどしている様子だった。
だけど完全に海ちゃんが下手に出たことによって、板さんは社員として、年上の男として、威厳を保つことができたのだ。
自分が「許してやった」と言うことで、話が丸くおさまった。
もし海ちゃんが、「それって弱い者いじめですよね?謝ってくださいよ!」なんてテンションで向かっていっていたら、こうはうまく収まらなかっただろう。
「海ちゃんて、問題を解決するの上手だね」
また駐輪場に向かって歩きながら言った。
「争い事嫌いだからね。自分が謝っちゃったほうが、物事うまくいくじゃない?ずっと弟として育ってきたから、そっちの方がしっくりくるんだよね」
海ちゃんはそう言って笑った。
“負けるが勝ち“
ってやつだろうか。
海ちゃんの、そういう変に虚勢を張る男のプライドみたいなのがないところとか、すごくいいなって思った。
それでいて、ちゃんと私のことを守ってくれた…。
わかりやすく強さを振りかざす人よりも、海ちゃんのやり方の方がよっぽど強い人だなぁって思った。
なんだ、良いのは顔だけじゃないじゃん。
やっぱり私、ちょっとだけこの人の事…
「海ちゃぁ〜ん」
「あれ!?どうしたの!?アパートで待っててくれたらよかったのに」
「だってぇ〜海ちゃん遅いんだもぉ〜ん。早くしないと金曜日が終わっちゃうでしょぉ〜?早くぅ〜」
やけに語尾を甘ったるく伸ばす話し方のその女は、いかにも男好きしそうなボディーラインのくっきり出るニットワンピに身を包み、わざと胸を押し当てるように海ちゃんの腕に両手を絡めながら、ぐいぐいと引っ張っていく。
「じゃあみんな、お疲れ~!」
海ちゃんは、「はいはい」と彼女をなだめながら、行ってしまった。
………。
え?
さっき、「やっぱり私、ちょっとだけこの人の事、好きかも…」て言いかけたって?
確かに、顔だけじゃなくって、中身もちょっとだけいいとこあったよ?
でも、あいつ…
超おかしな恋愛観持ってたの、忘れてた〜〜〜!!
ないない!絶っっっ対にない!
あいつだけは絶対にない!!
続きはこちら
この回のお話に出てきた「海ちゃんは大人の対応で腰低く謝るタイプ」と言うエピソードは、少クラの海ちゃんのお話を参考にさせていただきました!
「koi-wazurai」の小説一覧はこちら!
徐々に挿絵追加中!
岸くん回↓
じぐいわ回↓
海ちゃん回↓
岸くん回↓
岸くん回↓
岸くん回↓
岸くん回完結!第1章完結!↓
第2章始まり!海ちゃん、平野くん回↓
平野くん回↓
平野くん回↓
れんれん回↓
れんれん回↓
れんれん回↓
平野くん回↓
平野、廉、三角関係回↓
平野、廉、三角関係回↓
平野、廉、三角関係回↓
平野、廉、三角関係がついに完結!↓
アフターストーリー
①はわけあって、別の小説サイトに載せてます。
スピンオフ作品
れんれん
海ちゃん
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