SOS(紫耀サイド)
「はい、それじゃ、元気で。お世話になりましたー」
書類の入った封筒を手に軽くお辞儀をして顔を上げると、後ろの方でじっと涙をこらえてこちらを見ている真理子と目が合った。
俺は教習所を辞めることにした。いつまでも俺がいたら、真理子はつらくて、きっと自分が辞めると言い出すだろう。
真理子にはひどいことをした。俺が辞めて責任を取るべきだ。
真理子のことは嫌いじゃなかった。常軌を逸した愛し方ではあったが、本気で俺を愛してくれていたのだと思う。
そして、俺も愛そうとしたんだ。金のために付き合ってたわけじゃない。
できることなら、もう一度、ちゃんと誰かと恋愛をしてみたかった。
でも、愛せなかった。
やっぱり俺が愛しているのは、生涯でたった一人…。
だから俺は…
一人、道を歩きながら、スマホを開きLINEを確認する。
あれから何度も花凛にLINEを送っているのだが、全然返信がない。
それどころか、既読にもならない。
それを話したら、おっちゃんに「それ、ブロックされてんじゃね?」と言われた。
ブロックってなんだ!?今までしたことも、されたこともない。
それで調べてみると、確かにブロックされると、こちらからのメッセージが向こうに通知されないらしく、だから当然既読にならない。
ブロックされてるーーーっ!?( ゚д゚)!
やはり俺がしつこくしたから、嫌われたのだ…。
最後に会った時、花凛の腕にはアザがあった。廉に俺とのことがバレて、何かされたのだ。だから心配で、その後、かなり何度も連絡を取ろうとした。
でも、花凛からの返事はなかった。廉との仲を修復するために、俺との関係を終わりにすることを決めたのだ。
ここまではっきりと花凛が意思表示しているのだから、いいかげんそれを受け入れなければ。
それで、決心がついた。
俺はこの町を出る。
花凛から逃げるように、前の町を出て、東京に出て、東京での生活からも逃げ出してここに移り住んできた。
そして、また俺は逃げ出そうとしている。
でも、この町に花凛が住んでいて、そしていずれは廉も一緒に暮らすようになる。
こんな小さな町だ。きっと、二人が咲人を連れて仲睦まじく歩く姿に、きっとどこかで出くわしてしまうだろう。
それが耐えられないのだ。
最後に、花凛と話したかった。顔が見たかった。声が聴きたかった。
でも、これが花凛の答えなのだろう。
ブロックされている。
それがすべて。
さすがにこれなら見切りをつけられる。
はぁ…。
ため息をついて、立ち止まると、あの神社の前だった。
花凛と再会した神社。
なんで再会なんてしちまったんだよ…。
結局運命じゃないなら、そんな追加サービスいらないよ、神様。
8年前、あの町から出ることを俺に決意させたのは、神社にこっそりとかけられた花凛の書いた絵馬だった。
「廉と幸せになります」
絵馬にはそう書かれていた。
絵馬は願い事を書くものなのに、
「幸せになれますように」
じゃなくて
「幸せになります」
俺への別れのメッセージなんだと思った。
それを受け取ったから、俺は花凛への未練を断ち切ることを受け入れて、あの町を出たんだっけ。
そんなことを思い出しながら、かかっている絵馬にサラリと目を通していく。
ひっくり返っている絵馬に気づき、表に返す。
カラン…。
一瞬、時が止まって、次の瞬間、俺ははじかれたように走り出していた。
絵馬にはこう書かれていた。
「紫耀くん、たすけて」
ガラスケースのお人形(花凛サイド)
あれから廉は、毎週末、私を乱暴に抱く。
「今週は、いい子にしてた?」
必ずその質問から始まり、少しでも廉が疑問に思うことがあれば、事細かに行動を報告させられる。
紫耀くんとのことがバレてから、私は外出を禁止されている。
私のスマホにはGPSが入れられ、廉に監視されている。
電話もメールも廉に転送されるように設定されてしまい、紫耀くんからのメールは来ないようにブロックした。
私は全ての自由を失い、とにかく平日5日間、週末の廉の帰りを待つだけの時間を過ごすことを強いられていた。
それでも、廉は私への疑いを消せずにいるようで、毎週こうやって尋問のような重い重い愛をぶつけてくる。
廉の様子がおかしいことは、さすがにお母さんも気づいていて、夫婦仲が元に戻るようにと、廉が帰ってくると「今日はママとパパを二人にさせてあげようねー」と必ず咲人を自分達の部屋で寝かせようと連れて行ってしまうので、逆効果で私たちの関係はどんどんとおかしくなっていた。
今は廉と2人きりになるのがすごく怖い。週末が近づいてくると、どんどん気分が落ち込んでくる。
廉から逃げたい…。
外出は禁止されていると言っても、さすがに咲人を全く外へ遊ばせに行かないわけにもいかず、短い時間で公園に行ったり、家の近くをお散歩したりすることは、少なからず許されている。
許されていると言っても、外出すればその日のうちにすぐにどこに行っていたのかと確認が入るので、細かく説明しなければならない。
それがよけいに、「いつでもどこでも見られているんだ。逃げられないんだ」という恐怖心をあおる。
廉は今抱えているプロジェクトが終わったら、会社を辞めてこっちに引っ越してくる。
今は距離が離れているから、よけいに廉の不安が大きくなって、行動がエスカレートしているだけだろうか?
一緒に暮らすようになれば、少しは落ち着いてくれるのだろうか?
そうだといい。
でも、もしそうならなかったら…
今は週末が近づいてくるにつれてドキドキそわそわ動機が増すものの、月曜日になると、すっと解放されたような安心感があり、束の間の安らぎの時間が訪れる。
でも、ずっと同じ家に暮らしていくということは、毎日この家に帰ってきて、毎日こんな夜を過ごすということだ。
廉は、それで満足なのだろう。
私を部屋の中に閉じ込めて、まるでガラスケースに入れたお人形のように、きれいなまま、汚れないように守って。
毎晩、自分だけがガラスケースから私を取り出して、好きなように愛でるのだろう。
私はずっとこの部屋で、廉の帰りだけを待って生きていくのだろうか…
外の世界が痛烈に恋しく思えて、カーテンを開けて窓の外を見る…
え…!?
窓の外に、紫耀くんがいた。
私はびっくりしてカーテンを掴んだまま固まっていたけど、紫耀くんの方も突然カーテンが開いて私が顔を見せたことに、相当驚いているようだった。
一瞬飛び上がって大きなリアクションを取った後に、なんだかわけのわからないジェスチャーをして無言で体だけ大騒ぎしている。
え?なになに?
ペンで何かを書くような仕草、四つん這いになって走る、両手を丸くして目に当てて望遠鏡で覗くような仕草、お腹をポンポンと叩いて地面を指さし、コテンと顔を傾ける。
なんだ…!?何を伝えようとしているの??
というか、なんでうちの前に!?
今はお母さんが趣味のカルチャースクールに出かけているが、もうすぐ帰ってくる。
こんなところではち合わせたら困る!
私は急いで部屋を出て階段を駆け下りた。
囚われた城から連れ出して(花凛サイド)
「ちょ、ちょっと紫耀くん…!何やってんの!?」
家を飛び出し、紫耀くんに駆け寄る。
「花凛っ!無事だったか!よかったーー!!お前、どうしたんだよ!?」
「どうしたって紫耀くんこそどうしたの!?なんでこんなところにいるの!?てか、さっきの謎のダンスみたいなの何!?」
「へ…?あぁ、これ?」
紫耀くんがまたさっきの謎の動きをして見せる。
「だから!エ(絵:何かを書くような仕草)、マ(馬:四つん這いになって走る仕草)、見た(望遠鏡をのぞくような仕草)、ドウ(胴:お腹をポンポン)、シタ(下:地面を指さす)、ハテナ(コテンと顔を傾ける)。
って、わかんなかった??」
”絵馬、見た。どうした?”
「……いや、全っ然わかんなかった!」
「えぇ~~っ!?いや、わかるっしょ!?」
「ぷっ……もぉ~絶対わかんないでしょ!」
紫耀くんは「そうかなぁ…?」なんて納得いかない様子で首をかしげている。
相変わらず独特すぎて、面白いなぁ、紫耀くんは。
…って、なにほんわかしちゃってんの!
家の前で不倫相手とほのぼの笑いあってるとか、まずいって!
「ちょちょちょっと紫耀くん、ここはまずいって!もうすぐお母さん帰ってくるし、紫耀くんと一緒にいるとこ見られたくない!早く帰って!」
紫耀くんの体に両腕を突っ張って、グッと押す。
すると、逆にその手首を逆に紫耀くんにグッと掴まれる。
「いや、花凛をここに置いては帰れない」
紫耀くんはそのまま私の手を引っ張って駆けだした。
まるで閉じ込められていた城から助け出してくれた別の国の王子様みたいに、私の手を引き遠く遠くどこかへと連れていく…。
「俺と一緒に来てくれないか」(花凛サイド)
この手を振り払おうと思えばきっとできるのに、紫耀くんに手を引かれるままに走っている。
まるで閉じ込められていた城から助け出してくれた別の国の王子みたいに、私の手を引き遠く遠くへと…
…なんて、突然家を飛び出してそんな遠くへと行けるわけもなく、着いたのは近所のさびれた小さな神社だった…。
「はぁっ!ここならもう大丈夫だろう」
神社に着くと、御社殿の階段に2人でどさっと腰を下ろした。
ほんの少し肩の触れる距離間、紫耀くんの手はまだ私の手首を掴んだままだ。
さびれた神社だけど、私たちが運命の再会を果たした場所。
「あの絵馬、何?びっくりすんだけど」
「あ、あぁ、あれは…ちょっと一時的に感情がワーってなっちゃった時につい書いちゃっただけで深い意味はないっていうか…。まさか紫耀くんが見るなんて思ってなかったから…」
”紫耀くん、助けて”
廉からの束縛に気がおかしくなりそうになって、散歩に出たときについ書いてしまったもの。
紫耀くんがグッと掴んだ私の手首を持ち上げると、袖口から手首のアザが見えた。
「やっぱり…また廉にやられたんだな?あの時、一度だけじゃなかったんだ…助けてってこれのことなんだろ?」
「こ、これは…」
手を下げて隠そうとするが、紫耀くんは手を離してくれない。
「花凛、俺と一緒にこの町を出ないか?」
「えっ!?」
「俺、仕事辞めたんだ。それで、この町を出ようと思ってる。一緒に来ないか?」
一瞬、言葉が出てこなかった。
「な、何言ってんの、そんなの…無理に決まってるじゃん…」
あの家から連れ出してくれるのを望んでいたけど、そんなの絶対無理だって分かってたし、なのに、その無理なことを紫耀くんがしようとしてることに驚き、そして紫耀くんがこの町を出るという事実にも驚き、当然この話は断らなきゃいけなくて、だけどこれを断ったら、もう紫耀くんに会えなくなるんだと思うと、それがショックだった。
「簡単なことじゃないってわかってる。
でも、あんな絵馬見て、花凛をこのままにはしておけない。」
「いや、だからあれはね…まさか本当に紫耀くんが見るなんて思ってなくて…」
「俺が見ると思わなかったのに、俺の名前書いたの?俺に助けてって?本当は俺に、あの家から連れ出してほしかったんじゃないの?」
「それは…」
誰かに助けを求めたくて、誰かにすがりたくて、その誰かは紫耀くん以外には考えられなかった。
でも、私が出かけることを許されている範囲は近所へのお散歩やスーパーへの買い物だけで、時間も短い時間しか許されていない。
紫耀くんと直接連絡は取れないし、どうにかして紫耀くんに気づいてもらえる方法はないかと考えたときに、神社の絵馬が浮かんだ。
気づいてくれる可能性は低いと思った。
でも、もし気づいてくれたら、やっぱりそれは運命なのかもしれないと思った。
そして紫耀くんは、あの絵馬に気づいてくれた…。
「でもやっぱり無理だよ、咲人がいるし…」
すると紫耀くんは、一呼吸おいてから、大きな決意をしたように静かに言った。
「…俺が咲人の父親になるって言ったらダメかな?」
3人で公園に通っていた日々を思い出す。
もし紫耀くんがパパだったら…
あの時、何度かそんな妄想をしてしまった。
3人で手を繋いで歩いたり、咲人を肩車してくれた姿を見て、紫耀くんとあのまま付き合ってて結婚してたら、こんな未来があったんだろうかって、正直想像した。
「もちろん咲人の気持ちが第一優先だけど」
咲人の気持ち…。
最近、廉の様子がおかしいことには、いくら子供だと言っても、咲人も十分に感じ取っている。
あんまり廉に寄り付かないし、ばあばの部屋で寝ようと誘われると、すんなり進んで、ばあばについていっている。
廉が直接咲人に何かしたことはないけど、私が廉に怯えているのを感じ取って、咲人も廉のことを怖がっているんだと思う。
もしかしたら咲人にとっても、紫耀くんがパパになってくれた方が幸せなのかもしれない。
「ごめん、俺、今すっごく困らせてるよな?わかってる。
でも俺、もう自分の気持ちに嘘つきたくないんだ。
8年前のあの日、あの神社で、花凛に声をかけてたら、どうなってたんだろうって、ずっとそればっか考えてた。
あの時花凛を諦めたのは間違いだった。他の何を投げ出しても、花凛の手を取りに行けばよかったって。
だから、今度は俺と一緒に来てくれないか?」
紫耀くんの真っ直ぐな視線に目を背けることができなかった…。
次回、いよいよ最終話です!
13話へと続く
コメント
え、、、?
紫耀くん、助けてって、、、、、、?
もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
あと何話くらいでしょうか?
更新ありがとうございます!
年末年始、忙しすぎて、コメントのお返事もしてなかった、ごめんね…!!(><)
実は、もうほんと、あと1話とかで終わる予定…!!
更新ありがとうございます!
そうでうよね、、
年末年始、お疲れ様です(*^^*)
あと1話かぁ、、、
dollが終わったら、新しいのって始まったりします、、?
うんうん、小説はずっと続けていきたいと思ってるから新しいの書くつもりだよ!
実際の執筆が全然進まないだけで、アイデアは色々とあるの。
そうなんですね!
楽しみにしてます((o(´∀`)o))ワクワク
更新ありがとうございます!
更新ありがとうございます!
更新ありがとうございます!
なんかいっぱい「更新ありがとうございます」が来た…(笑)
え、なんかごめんなさい!
バグですかね、
最終話楽しみにしてます!
はーい、でもみんなが納得してくれる最終回になるかどうかは全く自信がないけど…
だってどっちに行っても、どっちかは悲しいわけだから。
とりあえず、2月中の完結目指して、がんばります!!