キンプリ妄想歌詞小説「Doll」7話~二人の夜~

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こちらはキンプリの曲「Doll」の歌詞からインスパイアされた小説です。

前回のお話はこちら。

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またまた運命?(紫耀サイド)

花凛が教習所に来る時間がわかれば、俺が担当できるように調整しやすいという話の流れになって、これは連絡先を聞く絶好のチャンスじゃないかと思った。
だけど、自分からその話を持ち出して、「だから連絡先教えてくれる?」という流れに持ち込むのは、怪しいナンパ師みたいで照れた。


花凛の方から、「じゃあ連絡先教えてくれる?」とサラッと聞いてくれないかと期待したが、普通に、「じゃあ明日も9時に来るね」と言われてしまった。


あっぶねぇ、連絡先聞かなくてよかった…。もし聞いていたら、「え、連絡先を聞くのが狙いだったの?キモイんですけど」って思われてたかも。


まあ、どのみち教習所で毎日のように会えるわけだし、それで充分か。


こうして俺は、ほぼ毎回花凛の担当に滑り込み、楽しく会話をしながら指導にあたり、時々会話が盛り上がりすぎて、またマルがあげられないこともあった。だけど、そうすればまた花凛との時間が持てる。あんまりすんなり合格して、さっさと卒業されても困る。


ただでさえ、土日の度に会えない2日間がもどかしくてたまらないのに、花凛が教習所を卒業してしまったらどうなるのだろう。
連絡先を知らないのだから、もう会うことはないのか、しかしこんな小さな町に住んでいるのだから、そこら辺で偶然会ったりするのか。そもそも親戚なのだから付き合いが復活してもおかしくない。でも、その場合、俺は廉と、どんな顔で話をするんだろう?

毎回俺が花凛を担当していることに、もちろん真理子は疑惑を抱いている。しかし、元同級生だと告白しておいてよかった。「知り合いの方が緊張しないだろうからという理由で担当しているだけ」とごまかしている、もちろんそんなことで納得しないのだが、だから最近は毎晩のように抱いてやっている。不満があっても結局、それで全てがチャラになる。

花凛に会うために、他の女を抱く。それは明らかに矛盾したおかしな行為だったが、会いたいから会う、という理由が叶わない立場なのだから仕方がない。

ブーブーブー。

花凛「あ、電話」

バッグの中でスマホが振動している音が聞こえる。

紫耀「教習中は気が散るから電源切っておいた方がいいかもね」

花凛「はーい、ごめんなさい」

その日もいつものように花凛の教習を担当して、指導の合間にたわいもない会話なんかして楽しい時間を過ごしていた。

紫耀「はい、じゃあ今日はマル!」

俺がカードにハンコ押している間に、バッグをごそごそと漁りスマホをチェックしていた花凛が「えっ」と小さく声を上げた。

紫耀「ん?どーした?誰からだった?」

花凛「母親から。咲人が帰ってこないって」

紫耀「え!?どういうこと!?」

花凛「もう帰って来てないとおかしい時間なの。遅いから学校に電話したんだって。そしたらもうとっくに学校出たって。事故にあったのかな、でもそしたら騒ぎになってるだろうし。え、まさか誘拐!?」

紫耀「ちょ、ちょ、ちょっと待って、落ち着いて。もしかしたら寄り道してるだけかもしれないし」

花凛「でも、今までそんなことなかったし、私すぐ帰らなきゃ!」

紫耀「う、うん、そうだね。じゃあこの後のは俺の方でキャンセルしとくから、すぐ行きな?」

花凛は青ざめた顔をして、足早に帰っていった。

事務所に戻って花凛がこの後取っていたクラスをキャンセルする。

大丈夫だろうか、俺にできることは何かあるか?花凛には「落ち着いて」といったくせに、俺も同じくらい心配で心配で動揺している。

紫耀「すいません、俺今日早退します!」

俺が仕事を早退したところで何ができるわけでもないかもしれない。でも、いてもたってもいられなかったし、もう仕事が手につかなかった。

とにかく思い当たる公園へと、全て駆けずり回り、川に落ちていないか覗いて回り、誘拐されていないか後部座席の窓がスモークになっている車にピッタリとおでこをつけて中をのぞき込んだりして、逆に俺が不審者を見るような目で見られた。

ここら辺の小学校というと、あそこかな?というのがなんとなくわかるくらいで、通学路も知らないし、いつもどこの公園で遊んでるかも知らない。こんなに何も情報がない中で、ただ闇雲に走り回って、見つかるはずがない。

もしこれで偶然見つけることができたら、奇跡…、それこそ運命なんじゃないか?

紫耀「え?咲人くん?」

きょとんと大きく見開いた透き通った猫目が俺を見つめる。

複合型の滑り台、色んなところから登れて、丘のようになっていて、下にドカンが付いているタイプ。その土管の中に咲人はいた。

立ったまま、土管を覗き込んでいたので、咲人から見たら俺の顔は逆さまになっていて、顔の判別が難しいようだった。

今度はしっかりと土管の入口の正面にしゃがみこんで中を覗くと、

「あ!トイレで助けてくれたお兄ちゃん!」

と咲人は俺のことがわかったようだ。

マジか。ほんとに見つけちゃった。こんな偶然ってあるか?本当に、運命?

咲人「ほんとに来てくれた」

紫耀「ん?」

咲人「約束したじゃん。また困った時には助けに来てくれるって」


とりあえず、咲人が見つかったことを花凛に知らせなくては。

紫耀「あっ、あ~!ダメじゃん!携帯知らないわ」

わ~。こんなことなら、やっぱりあの時聞いときゃよかった…。

紫耀「でも、こんな事件が起きるなんて、想定できね~~~」

咲人「お兄ちゃん、何ひとりで喋ってるの??」

くるりとした猫目が俺を見上げる。

紫耀「あ、あぁ~なんでもない!とりあえず!ママに連絡しなきゃな!」

咲人「ダメ!」

紫耀「へ?」

咲人「ママには言わないで!」


とりあえずおっちゃんの店で咲人を保護し、お腹が空いているようなのでご飯ををあげた。

その間におっちゃんに事情を話すと、以外にも簡単に花凛と連絡を取ることが出来た。

おっちゃんの店では出前もやっていて、咲人の通っている小学校の学区の中で岸という家は1軒しかなかったのだ。

注文の際に聞いた電話番号は控えてある。

ダメ元で電話をかけてみると、やはり花凛の実家だった。

花凛の両親がおっちゃんの店で出前を取ったことがあったのが、奇跡的な幸運だった。

電話に出たのは花凛のお母さんで、外で咲人を探していた花凛に連絡を取ってくれて、ちょうど近くにいたということで、花凛がすぐにこちらに向かうと教えてくれた。

店の前で花凛を待っていると、息を切らした花凛が角を曲がって飛び出してきた。

紫耀「花凛っ」

花凛「あっ紫耀くんっ…」

俺を目がけて飛び込んできた…かと思ったら、ビュンっと俺の真横をすごい勢いで通り過ぎて、ガラッと店の扉を開けると中へと消えていった。

あ…れ…。花凛のピンチに、俺が咲人を見つけ出すなんて運命的な展開に、花凛が感激して「紫耀くん、ありがとう!」って抱きついて喜ぶ…なんてのをちょっと想像してたんだけど…

んなわけないかぁ~~~!

しょんぼりと遅れて店に入ると、花凛が咲人を抱きしめ「よかったぁ~心配したんだよ~~」と泣きながら笑っていた。

うん、花凛が喜んでるんだから、まぁいいか。


「せっかくだから、ご飯食べてくぅ~?」

カウンター越しに顔を出したおっちゃんを見て、花凛が

「あーっ!お祭りの屋台の!?」

と声を上げる。

紫耀「あ、そう、これ、俺の恩人のおっちゃん」

おっちゃん「恩人に対して”これ”はないだろ!咲ちゃんにもご飯あげちゃったんだけど、大丈夫だったかな?」

おっちゃんが、ニコニコと花凛に話しかける。

花凛「えっ、そうなんですか?すみません…。でも、私はいいです、いいです!」

遠慮なのか本当に早く帰らないといけないのかわからなかったが、咲人が俺の服の裾をキュッとつかんでアイコンタクトを送るので、慌てて俺も花凛を引き止める。

紫耀「花凛っ!まぁまぁそんな遠慮しないで食べてけよ!ちょっと話したいこともあるし!」

花凛「話したいこと?」

戸惑う花凛の肩に手を置き「まぁまぁまぁ」と半ば無理やり椅子に座らせると、俺も隣の席に座る。

咲人はさらに俺の隣に座った。

花凛に見えないように!背中で咲人に親指を立てて「グッ!」と合図を送った。


男の約束

紫耀「あのさ、今度から俺が平日休みの日とか早番で仕事早く終わる日とかに、咲人と公園で遊ぼうと思うんだけど」

花凛「え!?なんで!?」

咲人が後から俺のシャツの背中をぎゅっと握る。

紫耀「え、えーっと…

何か今話してたらさ、超仲良しになって、それで今度一緒に遊ぼーーって。なーっ?」

わざとらしく咲人を振り返ると、咲人も慌てて「ねーっ!」と調子を合わせた。

実は、花凛が来る前に咲人と話をしていた。

~~~~~~~~

咲人「ダメ!ママには言わないで!」

紫耀「え?なんで?ママ、すごーく心配してるよ?」

すると咲人は、目にいっぱい涙をためて、「うわぁ~ん!」と泣き出してしまった。

紫耀「え!?ど、どーした!?」

咲人「ぼく、学校に行きたくないの。」

紫耀「え?なんで?」

咲人「いつも1人ぼっちなの。お友達がいないの」

紫耀「え!お前、いじめられてんのか!?」

咲人の拙い言葉を俺なりに解釈して要約すると、こうだった。

別に積極的にいじめられているというわけではないらしい。

それどころか転校して、最初の数日は、よくあるようにみんなに取り囲まれて質問攻めにされたりしたらしい。

しかし、人見知りの咲人はそれに答えることができなかった。みんなに次々に話しかけられて、恥ずかしくてずっと下を向いて黙っていた。

すると次第にみんなの興味は薄れて、みんな咲人に話しかけなくなり、元の仲良しの輪に戻っていった。

こうして友達作りのタイミングを逃してしまった咲人は、学校でまだ友達ができずに寂しい毎日を送っている。

紫耀「ママはそれ知らないのか?」

咲人「ママには絶対言っちゃダメ!言ったらママ心配するでしょ?泣いちゃうでしょ?かわいそうだもん!」

紫耀「………っえらい!!」

ガシっと咲人を抱きしめて、もう一度体を離して見つめると、咲人は驚いたような顔を知って目を丸くしていた。

紫耀「咲人、お前、強いな。自分が辛いのに、ママを守ってあげるために1人で闘ってるんだな。えらい!それでこそ男だ!」

咲人の大きな目にみるみるうちに涙が溜まって、またボロボロと溢れてくる。

咲人「ねぇ、お兄ちゃん、ぼく、どうやったら友達ができる?お兄ちゃん、助けてよ。僕が困った時はいつでも助けてくれるって、約束したじゃない」

そ、そんなウルウルした目で見上げられたら…

紫耀「う〜〜………うしっわかった!じゃあ俺がかけっことドッジボール教えてやるよ!」

咲人「???」

紫耀「小学生男子なんて、足が速くてドッジボールがうまければ、それだけでクラスの人気者だ!」

咲人「ほんと!?ほんとに教えてくれるの!?僕、かけっことドッジボール上手になれる?」

紫耀「まっかせとけ!誰が教えると思ってるんだ!」

咲人「わーい!ありがとう!あっ、でも僕が学校でひとりぼっちってこと、ママには…」

紫耀「わかってる!内緒だろ!男同士の約束だ!」

咲人「うん!約束だよ!」

~~~~~~~

ということで話はまとまったのだが

咲人が学校で1人で寂しい思いをしていることは、花凛には言えない。

「ただ、仲良くなったから公園で一緒に遊びたい」というのは、かなり怪しいが、ここは男の約束、秘密を守らなければならない。

紫耀「俺、シフト制で平日休みの時もあるし、早上がりの日もあるし、そういう日に放課後、咲人と公園で遊んじゃ…ダメ…かな?」

花凛「えっと……いい…けど…」

花凛、かなり困惑してるぞ…

絶対何を企んでるんだ?って怪しまれてる。

なんなら花凛と会う口実を作るために咲人をダシにしてるとも勘ぐられかねない。

「いい”けど”」って”けど”がついてるもんな。やっぱりちょっと嫌がられているのか?

花凛「いいけど…、公園に行くなら私も付き添うから、私もいるけど…それでもいい?」

紫耀「えっ!?…あ、それは、も、もちろん!」

花凛「じゃあー……あのー、…連絡先…聞いても…いい?いつがオッケーとか時間とか、連絡出来ないと不便だし、あと今日も、連絡先知らなくて大変な思いさせちゃったし」

花凛が遠慮がちにちらっと上目遣いでこちらを見る。

紫耀「…そ、そうだな!それもそうだ!うん、じゃあ交換しよう!」

2人でおもむろにスマホを取り出し、お互いのQRコードを読み取る時間は、何ともぎこちなくて、思春期の男子みたいに胸がドキドキした。

ラッキー…!棚ぼたで花凛の連絡先ゲットォ~~!

咲人は話を聞き終えて安心したのか、店のお座敷席の方に行ってお客さん用に置かれている絵本を読み始めた。

2人でカウンターを挟みおっちゃんも交えて世間話なんかをしながら夕飯を食べ終え、さて帰ろうかとお座敷を見ると、

花凛「えっ!!咲人、寝ちゃってる…!!」

花凛が青ざめた顔で叫んだ。そんな大袈裟な。

紫耀「あ、ほんとだ。俺、おんぶして送ろうか?」

花凛「や…この子、1度寝ちゃうと、抱っこして動かそうとすると、ものすごいギャン泣きするの。しかも、布団に置いてあげるまでずっと泣き止まない…」

紫耀「え、マジ…?」

花凛「ど、どうしよう…」

「じゃあ泊まってくぅ~?うちは全然いいよ~」

またおっちゃんがカウンターからひょこっと顔を出す。

紫耀「はっ!?いやいや!それはダメ!花凛だって怖いよな!?こんなおっちゃんと同じ家に泊まるなんて!」

おっちゃん「おまえなぁ、子供が一緒に寝てんのに、俺が花凛ちゃんに何かするとでも思ってんのか?俺をどんな野獣だと思ってんだよ」

紫耀「そんなこと言ったって、おっちゃん曲がりなりにも独身だし(離婚歴あり)ぜぇーーったいダメ!!」

おっちゃん「そんなに心配なら、じゃあお前も一緒に泊まればいいじゃん?」

「えっ」

俺と花凛がほぼ同時に声を上げた。

紫耀「え、えっと…それは…」

花凛の顔をチラリと伺う。

花凛「えっと…紫耀くんが迷惑じゃなければ、そうしてもらえると助かります…」

ま、マジかぁ~~~っ!?


2人の夜

咲人がお座敷で寝てしまったので、そこに布団を敷いて花凛が一緒に寝ることになり、俺はおっちゃんの居住部分になっている2階に寝かせてもらうことになった。

おっちゃんが「ほんとは一緒に下で寝たかった~?」なんてからかってきたけど、別にいかがわしいことを考えて俺も一緒に泊まると言ってるわけじゃない。

おっちゃんの見張り役というか、まぁおっちゃんを疑ってるわけじゃないけど、単純に他の男の家に花凛と咲人だけで泊まらせるのが嫌だっただけというか…。

それにしても…

「うっるせぇ…」

そうだった、おっちゃん、いびきすごいんだった…。

2階は6畳くらいのこじんまりとしたリビングと風呂場と洗面所、あとはおっちゃんの寝室となっている。食事はいつも店のキッチンで作ってカウンターで食べるので、2階にキッチンはない。

男二人で同じ部屋に寝るのも気まずいので、俺はリビングに寝かせてもらっているのだが、それでも壁ひとつ挟んだ向こうからすさまじいいびきが聞こえてきて、すっかり目が覚めてしまった。

水でも飲もうかと下に降りると、座敷には扉がないので、キッチンから寝ている咲人と花凛が見えた。

咲人は布団からすっかり飛び出て畳の上に転がっている。

夏だけどさすがにお腹丸出しじゃ風邪ひくぞ。

そーっと近付いてみると、花凛の寝顔が目に入る。

いかがわしい気持ちなんて本当にこれっぽっちもなかったのに、その寝顔を見ているうちに変な気持ちになってしまいそうで危うい。

さっさと咲人を布団に戻して二階に戻ろう。

そっと咲人を抱っこして布団へ戻そうとすると、

「ふっふぎゃぁ~~っ!!」

突然咲人が寝ぼけたまま暴れて大泣きし始めた。

わわわっ!起きた!?

「ふぇっ!?なに!?ん!?紫耀くん!?」

すぐとなりに寝ていた花凛が飛び起きた。

紫耀「あっ、ちがっ…これはっ…誘拐しようとしてるとかじゃないよ!?咲人が布団から飛び出てたから戻そうと…」

「ぎぇ~~~っっ!!」

咲人は、足をブンブンッと下に蹴りながらさらに暴れようとするので、抱っこしていても落っことしそうだ。

花凛「は、早く布団に置いて!置いて、置いて!」

花凛がバンバンと布団を叩いて急かすので言われる通りにすると、咲人はすーっとまた眠りに入った。

はぁ~~っ、マジで焦ったぁ~…。

咲人を抱きしめるようになっていた体勢から少し体を起こすと、花凛と目が合って2人で「ぷっ…ふふふ」と声をひそめて笑った。


紫耀「いやー、マジで焦ったわ」

すっかり目が覚めてしまった俺と花凛は、咲人を起こさないように、店のカウンターへと場所を移し、少し話をすることにした。カウンターからお座敷席で寝ている咲人が見えるので、二人で声を潜めるようにして少し身を寄せて静かに話す。

花凛はさっき貸した俺のTシャツを着ている。
おっちゃんが着替えに自分のTシャツを貸そうかと言っていたけど、なんとなくそれが嫌で俺のTシャツを着させた。俺はちょいちょいおっちゃんの家に出入りしているので、いろいろと私物は置かせてもらっているのだ。
俺のTシャツをぶかぶかに来ている花凛の姿は、”彼シャツ”みたいになっていてなんだか変な気持ちになってくる。(もちろんズボンは履いているから、普通に見たら全然エロい感じではないんだけど…)

まぁ、エロいかどうかはさておき…、彼シャツな感じの花凛はひじょーーに可愛い。

花凛「ね、言ったでしょ?本っ当に咲人は、1度寝ちゃうと、もう動かせないの」

紫耀「うん、あればおんぶして家まで送るとか絶対無理だったわ。でも、布団に置いたらすぐ寝るのな?」

花凛「そうなの、面白いでしょ?あの子はね、赤ちゃんの時にベッドで寝かしつける”アメリカ式寝かしつけ法”っていうのをやったの。赤ちゃんってよくゆらゆら抱っこで寝かしつけるイメージあるでしょ?でもそうすると抱っこでしか寝られなくなっちゃって大変だから、最初からベッドで寝かしつけましょう!っていうのがアメリカ式なんだけど、それを実行したら本当に、ベッドで寝る子に育ったんだよね。だから、赤ちゃんの頃はわりと手のかからない子だったんだけど、まさか寝たら最後、動かせないという弊害があるとは…」

紫耀「へー?アメリカ式?とかあるんだ?」

花凛「日本では川の字で寝るのが当たり前だけど、アメリカでは基本的には赤ちゃんの頃から子供部屋を与えられて、ベビーベッドで1人で寝かせるんだよ。この文化の違いは、元々日本は家が狭いから子供に1人部屋を与える余裕がなかったっていうところから来ているらしいんだけど…、
あ、こんな育児の話なんて興味ないね、ごめんねっ」

紫耀「いや、なんか知らない世界の話、面白いよ」

俺の知らない知識を語る花凛はすっかり母親の顔で、俺の知っている頃の高校生の花凛とは違ってすっかり大人の女性に成長していた。色々と苦手なことが多く少し気弱でおどおどしていた花凛が、子育てのことをこんなにも自信をもって誇らしげに語っているのはとても魅力的に見えた。
しかし、その花凛の成長に俺は全く関与しておらず、共に隣で成長してきたのは廉なのだと思うと、少し寂しく感じた。

そして俺は…

あの頃から全然成長していないな。
今の俺に花凛に誇れるものなんて何もない。

紫耀「そういえば今日は急にお泊まりなんて、実家の方は大丈夫だったの?」

花凛「うん、…まあこの状況を説明するのもちょっと難しかったから、学校のお友達の家に泊まらせてもらうことになったって嘘ついちゃったんだけどね。本当はまだ学校で仲良いママ友なんて1人もできてないんだけどね。でも、うちの親も咲人の寝たら動かせない現象知ってるから、案外すんなり納得してたよ」

確かにこの状況をスムーズに説明するのは難しいか。

紫耀「おばさんたち元気?俺とこっちで再会したことは、まだ話してないんだっけ?」

すると、少し花凛は表情を曇らせた。

紫耀「うちの親も紫耀くんのこと子供のころから知ってるし、行方不明になってた時には心配してたし、久々に顔見れたら嬉しいと思うんだけど。私と紫耀くんが付き合ってたことは言ってないから知らないはずだけど、私が子供の頃、紫耀くんのこと好きだったのとかはバレバレだったと思うんだよね。うちのお母さん、廉の大ファンだからなんか気にしちゃいそうだから、なんとなく言いそびれてる…。
もう全然そういうんじゃないのにね!」

”もう全然そういうんじゃない”

当たり前なのに、花凛の言葉がグサッと刺さった。

花凛「でも、ほんと”もう全然そういうんじゃない”んだから、そのうちサラっと言おうと思ってるよ!廉にもお母さんにも!”全然何もない”んだから、”全然気にすることない”もんね!」

そんなに何度も言わなくても…。

花凛「そういう紫耀くんは彼女大丈夫だったの?」

ダメージを受けて、魂がどっかに飛んでいきそうになっていたところ、花凛の言葉に引き戻される。

「えっ」

彼女?

花凛「教習所の大坪先生付き合ってるんだよね?」

紫耀「えっ、なん…」

なんで知ってんだ!?

花凛「だって、スーパーで一緒にネギ買ってるとこ見たもん、もしかして…一緒に住んでる?」

花凛がくるくるとした目で覗き込んでくる。そんな目で見られたら、嘘は、つけないな…。

紫耀「うん…一緒に住んでる」

花凛「…そっかぁ!やっぱりな!そうじゃないかと思ったんだよね~!」

花凛は一瞬言葉をのんだように見えたものの、ニコニコと大きく頷いて相槌をうつ。

花凛「そっかそっかぁ、紫耀くんも今幸せなんだね。よかったよ~」

紫耀「うん、まぁ…ね」

本当は、真理子のことはこれっぽっちも好きじゃない。俺が思っているのはずっと…


と言えないのは、
花凛に引かれたくなかったから。

昔は金のために自分を売っていた。結局今も、自暴自棄になってあんまり変わってない。
芸能活動してた頃、稼いでも稼いでも、廉のオヤジにすべてを搾取され、また稼いで稼いで…。廉を守るために必死だった。
廉のオヤジが死んで解放されて、俺は自由になったけど、今さら大切なものを取り戻しに行くにはもう遅くて、疲れすぎていて、空っぽになっていた。

自暴自棄。そんな姿を花凛に見られたくなかった。

(花凛サイド)

紫耀くんとひとつ屋根の下に泊まるなんて、なんだかドキドキする。
ドキドキっていうのは、紫耀くんにときめいてるとかじゃなくて、自分が今からすごく悪いことをしようとしているような、それを誰かに見られているような、そういったドキドキだ。

”理由もなく二人で会ったら浮気”

廉の定める浮気の定義に反しているかを考える。

今回のことは事が事だ。咲人が迷子になるという緊急事態で、たまたま見つけてくれたのが紫耀くんだっただけだ。
咲人が1度寝たら動かせないというのも大袈裟じゃなく本当だし、紫耀くんが言うように、今日初めて会った男の人と同じ家に泊まるというのが少し怖いのも本当だ。


紫耀くんと一緒にお泊まりしたいなんて、そんな浮ついた気持ちはない。
本当にボディガード的な意味で一緒に泊まってほしいとお願いしただけ。というか、紫耀くんが一緒に泊ってくれなかったら、おじさんと浮気しているということになる??それなら、複数人で泊まる方がなんか良さそうじゃない??

さっき紫耀くんが寝る時の着替え用にと貸してくれたTシャツにくるまれて、それもまたなんだか悪いことをしているような気持ちでドキドキしながら布団に入ったけど、いつの間にか眠っていた。


すると、咲人の泣き声で飛び起きた。
なぜか紫耀くんが咲人を抱っこしたまま慌てふためいていた。

咲人を寝かしつけて、すっかり目が覚めてしまった私たちは、少し話をすることにした。

「急に泊まりなんて大丈夫だった?」と聞かれ、「大丈夫」と答えたけど、まぁあんまり大丈夫ではない。
お母さんは廉の大ファンだから、紫耀くんと一緒にお泊まりなんて知れたら心配するに決まってる。
廉にも絶対言えない。

”秘密にしてたら浮気”

廉の浮気の定義が頭の中に浮かぶ。


二人きりではないとか、会うのに仕方がない理由があるとか、廉の定めた浮気の定義をなんとかかいくぐっているはずなのに、どうして廉に早く打ち明けられないんだろう?


”紫耀くん見つけたよ!元気にしてたよ!廉も心配してたから会えて嬉しいよね!”


そんなふうにさっぱりと伝えてしまえばいいんじゃないの?私は何を怖がっているんだろう?
私と紫耀くんの間には何もないんだから、何も怖がることはないのに。


”私たち、全然そういうんじゃないのにね”

「紫耀くんの方は、彼女大丈夫だったの?」
ずっと気になってた大坪先生との関係を、思い切って聞いてみる。


一緒にネギ買ってたから家で鍋とかやるくらいの関係で、それに、家具屋で会った時、紫耀くんは誰かと一緒に来てた。
家具屋さんって、家族と来たり、一緒に住んでる相手(もしくはこれから一緒に住むことが決まった相手とか)と来るところじゃないかなって。

「うん、一緒に住んでる」

予想してたのに、自分で聞いたのに、紫耀くんの答えはびっくりするほど殺傷能力が高くて、一瞬言葉が出てこなかった。いや、でもここは紫耀くんの幸せを喜ばなきゃ。
だって自分は結婚して子供もいて幸せな家族を作っているのに、紫耀くんにはいつまでも特定の人を作らないでいてほしいなんて、そんなアイドルに望むようなことを言っていいわけがない。


「そっかぁ!紫耀くんも幸せなんだね!よかった!」

そうかそうか、やっぱり紫耀くんにも大切な人がいたんだね。
ちょっと寂しいけど、でもよく考えたら、それっていいことじゃない?

私にも紫耀くんにも、お互いに大事な人がいる。私と紫耀くんがこうやって会って話すことに安らぎを感じるのは、昔を懐かしんでいるだけであって、今の私たちには何の発展もない。

”私たちって、全然そういうんじゃないのにね”

そう繰り返すことで、何でもないただの友達なら問題ないって、自分に言い聞かせてる。
私たちの間には何もないから、これからも二人で会っても何も起こらないから、


だから、
これからも紫耀くんに会うことは許されますか…?

8話に続きます!

コメント

  1. リノア(ちゃちゃすいっちさん大好き!) より:

    うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
    最高ですぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
    やばいです、もう死にそう。笑

    GW中も読みたいので楽しみにしてます!

  2. リノア(ちゃちゃすいっちさん大好き!) より:

    もー!!!!!
    ちゃちゃさん、、、、
    リノアのためにありがとうございますっ。。。。。。。
    大好きですぅぅぅぅぅ!!!

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