このお話は、SMAP「オレンジ」恋愛三部作をモデルにした音楽小説です。
SMAPの名曲の数々を今の若い子に布教するため、主役はキンプリの岸くんです!
私の小説は、曲の歌詞からストーリーを考えている“音楽小説“となっています。
今回は「どんないいこと」のカップリング(アルバム未収録曲)の「泣いてごらん」の歌詞からストーリーを構成しました。
前のお話はこちら。
美華が後ろから俺の首に腕を回す。
二人は、笑い転げながら汗をかきかき風を切って走る。
自転車は大きく振られながら、雨上がりの街を滑っていく。
空がオレンジ色に染まり始めていた。
心配で、美華が会社から出てきたところを待ち構えていたのだが、会社から出てきた美華の顔を見て、大丈夫だったんだとすぐにわかった。
課長はもともと美華に甘いので怒るどころか「心配してたんだよ~!もう来てくれないかと思ってたよ~~!!」と大喜びで迎えてくれたそうで、何も問題なく会社に戻ることができたらしい。
さすが世渡り上手な女だ。
朝と同じく美華を自転車の後ろに乗せて走り出す。
美華「本当はね、なんとなく気づいてたんだ。彼が、もう私に愛がなくなってるんじゃないかって」
突然、美華が後ろから話しかけてくる。
美華「最近キスもしてなかったし。なんかよそよそしかったっていうか…」
突然の「キス」と言うワードに動揺して、自転車がグラリと揺れる。
美華「なんか歌の歌詞みたい…」
そう言って、美華が「チャララ~」と鼻歌を歌い出す。
それはかなり売れているバンドのヒット曲だったが、結構昔の曲で、すぐにタイトルが思い出せなかった。「あ、この曲なんだっけ…?」と考えながらも、美華の鼻歌に合わせて流れるように俺も自然に歌いだしていた。
二人して、間奏の音まで息ピッタリで歌ってしまい、思わず爆笑する。
バシバシと美華が俺の背中を叩き、二人は身がよじれるほど笑った。
通り過ぎていく人が大爆笑しながら疾走する二人を振り返っていく。
青春時代にすごく流行った曲で大好きだったのに、よくよく聞いてみると、歌詞にツッコミどころ満載で、ギャハギャハ笑いながら歌った。
しかし、最後のサビのところで、急に美華の笑い声が返ってこなくなり、かわりに今度は美華が一人で囁くように歌う。
「心変わりを責めても…君は戻らない」
美華が今どんな表情をしているのか気になって、チラチラと後ろを気にしたその時、自転車が走っていた道をそれて、芝生の土手を転がり落ちていく。
「キャー!」
「わぁ~~~っ!!」
ドシーン!
自転車は地味に倒れ、2人でふかふかの芝生に大の字になって投げ出された。
美華「ちょっとー!ありえない~!もう~何やってんのよーー!!」
芝生に投げ出され、美華が激怒している。
優太「ご、ごめん…」
美華は呆れたように芝生に座り、空を見た。
良かった、怪我はないようだ。
美華「さっきの歌ね、よく彼が絵を描くときに鼻歌で歌ってた。なんかさ、今、あの曲と一緒に映画の回想シーンみたいに、彼と過ごした日々がぶわーって蘇ってきちゃった…」
優太「それは、まぁ、自然なことっすね。脳科学的に言うと、人の記憶を呼び起こすのに最も有効なのは匂い、そして2番目は音楽と言われています。特に音楽は、その音楽を聴いたときの情景だけでなく、その時の感情までもが一気に蘇ると言われています」
人がセンチメンタルな気持ちに浸っているのに、またこの男はおかしな例え話を始めるつもりだろうか?と美華は怪訝な顔をする。
優太「それからもう一つ、歌についての知識を言わせてもらうと、失恋した時に悲しい曲を聴いてとことん浸りたいタイプの人と、明るい曲を聴いて無理やり気持ちを切り替えようとするタイプの人がいる。どちらの方法の方が早く失恋から立ち直れるか知ってますか?」
美華「え?う~~ん、明るい曲?」
俺がうんちくを語りだすと止まらないのはもうなれっ子になったようで、美華は適当に答える。
優太「ブー。実は悲しい曲を聴いてとことん悲しい気持ちに浸った方が早く失恋から立ち直れるんだ。悲しい気持ちの時に無理やり正反対の気持ちに切り替えようとするのはストレスがかかる。
ストレス=精神が緊張状態にあるときは交感神経が活発になっていて、それが泣くという行為で副交感神経に切り替わるんだ。
副交感神経が活発になっているのは分かりやすい所で言うと睡眠時、つまりリラックスできている状態なんだよ。
睡眠をとると心も体も回復するよね?つまり彼を思い出す歌をいっぱい聞いていっぱい泣けば、それによって心がリラックス状態になり回復する、ということなんだ」
美華は、途中からちんぷんかんぷんになってしまったのか、曖昧に頷いている。
優太「かといってずっと悲しい曲ばかりを聞いていてはいけないんだ。
人を好きになるという緊張感はある種のストレス、つまり交感神経が活発になっているときにしか感じない感情なんだ。
だから、いつまでも泣いてばかりいると、副交感神経から交感神経へスイッチしないので、新しい恋愛感情が沸かない。
新しい恋をするのが失恋から立ち直るのに一番効果的というのはよく知られているから、これは死活問題だ。
だからいっぱい泣いて、心の疲れが取れたら、また明るい曲を聴くのが良い。」
もはやほとんど理解はいないのだろう。ふんふんと相槌程度に頷いている。
優太「だこらそれまでは、いっぱい泣いていいですよ。気が済むまで、僕がそばにいますから。」
美華はしばらく口を開けたまま呆然としていたが、コクンと覗いた。
その仕草は、親に頭を撫でられた小さな子供のように素直で、とてつもなく愛おしく思えた。
「さて、そろそろ行きましょうか」
俺が派手に転がっていた自転車を起きあがらせながら言う。
自転車を押しながら土手の坂道を登ろうとするその背中に美華は言った。
「ねぇ、でも私、もう新しい歌書けないよ。だって、彼が見せてくれるきれいな世界、もうなくなっちゃったんだもん」
俺は振り返り、笑顔を見せる。
「だったら、今度は僕が見せてあげます。あなたがまだ知らない世界をたっくさん」
泣いてごらん ここにいるよ
君のためにいつだって
辛い時は何をしても
やっぱり辛いんだから
逆らってみても仕方ないじゃない?
今度は変わって 僕がサポートするよ
さぁ泣いてごらん
僕の腕の中
SMAP「泣いてごらん」作詞:森浩美、作曲:ZAKI
(美華サイド)
彼と出会った工場前の道。
今、彼との思い出を蹴散らすように、自転車でその場所を過ぎ去った。
優太の背中につかまりながら、私は後ろを振り返る。
ターコイズブルーの海。
エメラルドグリーンの山々。
ローズピンクの富士山。
オレンジ色の雨上がりの夕暮れの街。
彼がいなくなっても、きれいな景色、見つけられるじゃん…。
バイバイ。
どんどん遠ざかっていくその場所に、心の中で別れを告げ、前を向く。
彼とよく歌った曲を口ずさむ。
この曲の思い出も、もしかしたら優太と自転車の二人乗りで、身がよじれるほど笑い合った思い出へと塗り替えられていくのかもしれない。
優太の背中の温もりを感じながら、さえずるように口ずさむ。
「愛しき人よ、さよなら…」
(優太サイド)
美華の体温を背中に感じながら、めちゃくちゃドキドキしていた。
彼女は、元カレとの思い出の曲を口ずさみながら、彼との思い出に別れを告げているようだった。
「優太…」
彼女の両腕が俺の首にふわりと絡みつき、耳元で囁くように名前を呼ばれた。
心臓が飛び出るかと思うくらい高鳴った。
「優太ってさぁ、なんか一緒にいるとすっごく落ち着く。家族みたい」
な、何ぃっ!?
最初は「犬みたい」から始まって、「友達」になって、ついに「彼氏」になる日も近いかと思われたが、突然それを飛び越えて「家族」…!?
こ、これはプロポーズなんだろうか…?
「小さい頃、お母さんの自転車の後ろに乗って、この商店街通ったなーって…。」
え……。
お母さん…ですか。
家族ってそういう…。
性別も変わっちゃってますけど…。
「お母さーん…」
美華がぎゅーっと腕に力を込めて抱きついてくる。
まぁ、いいか。
美華にとって”安心できる存在”になれたのなら、それも万々歳だ。
お母さんにでも何でもなってやろうじゃないか!
そしていつか立ち直って、また新しい恋をしてほしい。
そして、その相手は絶対に…
俺だぜーーっ!!
気合を入れて、ペダルを踏み込む足に力を入れる。
空には、1番星が光り始めていた。
失恋しなくてすむ方法は
恋をしないことって
そういうこと言う大人にだけは
なりたくないもんね
星は空にあるから
顔を上げて さぁ歩こう
Step by Step 未来へ
ススメ!
SMAP「ススメ!」
作詞:多田琢、作曲: TAKUYA
続く
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